2021年6月20日日曜日

実は52回めの誕生日だったりする本日。

 本日は父の日。

にして、実はハヤシの52回めの誕生日だったりします。


実家の両親と妹が気遣って送ってくれたプレゼントが届き(お願いしていたフライパン2個とACTONのTシャツ)、同袍されていたFERME LA TERREのバターチーズサンドなど、ちょっと良いお菓子でコーヒーブレイクしました。


昨日も今日も何も用事がなければ、ア・ラ・カンパーニュの秋葉原店にでも行って、好物のショートケーキを食べてこようかと思っていました。

が、昨日は国選の刑事事件の接見があり、今日は壊れた換気システムの交換工事があり、叶いませんでした。


まあ、独り暮らしの52歳ともなれば、誕生日なんてそんなもんです。

朝少し早く起きたぶん、先程まで昼寝していました。

日差しの入る部屋で昼寝、贅沢だなあと思います。


昨年の誕生日は土曜日でしたが、どんな過ごし方をしたのか、あまり覚えていません・・・

前日の金曜日には、担当の事務員さんがケーキを振る舞ってくれた上、プレゼントをくれました。

ちょっと照れくさかったのは、覚えています。


誕生日が嬉しいかというと、50歳を過ぎてから、それほど嬉しいとは思わなくなりました。

50歳になったときは、50歳になってしまったということ自体がとてもショックでした。

もう下っていく人生しか私には残されていたいのだなあ、なんて思ってしまったものです。


私は、父方も母方も祖父母が皆長生きで軒並み90歳を超えての大往生でした。

特に母方は祖父母ともに98歳まで生きていたので、自分も漠然と98歳まで生きると思っているフシがあります。


それでも、50歳ともなれば、残りの人生は半分なくなってしまっているわけです。


それどころか、突然病気が見つかって余命幾ばくもないという宣告をされてしまうかもしれない。

実際、同業者の女性で(おそらくは)私よりもお若い方が、どうやら両胸乳がんという診断を受けたようでした。

そういう年令になっているということです。


自分の人生の選択肢はもうほとんどなくなってしまっているのだなと気づいたのは、つい最近のことでした。


このブログを継続して読んでくださっている方はご存じだと思いますが、ハヤシは、ここ最近、自分の今後の行く末に悩んでいたりもします。


何年かあとには札幌に戻りたい、とそこまでは決めているけれど、どうやって帰るのが老後の暮らしを先細りさせないために一番いいのかなどと、あれこれ選択肢を考えておりました。

しかし、「自分にはそんな選択肢はないんだな」とふっと気づいたのです。

今までやってきた仕事で、私には弁護士としての「色」がすっかりついてしまっている。

その色を消すことも薄めることももはや不可能に近い。

もうそれに乗っかって生きていくしかないのだな、そう思うのです。

その上で、自分の生き方を考えていくしかない。52歳というのは、そういう段階なのだとしみじみ感じます。


時折、「60歳からのチャレンジ」「50代は第二の青春」とか言うけれど、そんなウキウキした生き方ができる人というのは、よほど度胸のある精神力の強いお方ではないのかな・・・などと思うのであります。


52回めの誕生日は、もがき続ける日々の中で迎えました。

今、自分は、弁護士としてどういう路線でいくべきなのか、というところまでは、ある程度答えが出たところです。

今は、その路線で行くとして、今後、食いはぐれないように、どんなことをしていけばいいのか(なにか勉強することが必要なのか、何かの団体に参加することが望ましいのか、それともガンガン事件を受けるべきなのか、なにか他に付加価値のある資格をとったほうがいいのかなどなど)に頭を悩ませている状況です。


これに加え、「どの程度の経済レベルで生きていければ自分は満足か」ということも考えている最中です。

父親が公務員で安定収入があり、ガツガツとしなくても貧せずに生きてこられたせいなのか、私には上昇志向というものがありません。

自分の事務所を持ってそれをでかくしようという気もなければ、もっともっと儲けたいという気もない。

ただ、毎日ご飯が食べられて、たまに外食をしたりきれいな洋服などを買えて、動物さんと生きていければそれで満足です。


それを叶えるためには、どの程度の仕事をしていけばいいのか・・・


自分ひとりでやっていた以前の事務所の形態は悪くはなかったんだろうというのが今の結論です。

ただ、以前は、事務所の経費を考えずに、必要のない広告を出していたり、色々と書籍の契約をしてしまったり、保険に入ってしまったりして、無駄な費用を払いすぎていた。それが、一時事務所の経営が圧迫された大きな要因だったと思います。


あとは営業に貪欲じゃなかったというのもあったと思います。

営業って何すればいいか当時はわからなかったけれど、今はある程度わかる。


そのツボさえ抑えておけば、一人でマイペースで仕事していたあのときのやり方は決して悪くなかったなと思います。


また一人でのんびりやりたいと思うこともありますが、東京にいるうちは、今の事務所で安定的に給料をもらって、札幌で開業するときに資金をためておくのがいいだろうと考えています。


今の事務所、悪い事務所ではありません。

なにより、ひとりひとり自由にしていられるので、そこはとても気に入っています。

ただ、人が多いので、たまに息苦しさを感じることもあったりします・・・


そんなこんなで、色々と悩ましく、息苦しく、スッキリしない52歳の誕生日。

いつかなにもかも振り切って思い切って「えいや!!」と自分らしい決断や割り切りができればいいのにな、と思うのでありました。


しかし、これが札幌で通じるのか?と言われると、それもちょっと怖い・・・というのが正直なところではあるのです。


というわけで、惑っている。

不惑なんてまだまだ遠い先の話です。






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