2026年1月18日日曜日

アセクアロマにアジェンダーにアンドロジナス

 大相撲初場所中日です。

すでに全勝がいない状況で、番付下位の阿炎が1敗で頑張っています。まだまだ優勝争いは読めない状況です。

我が推しの若元春は今場所小結に上がったものの、なんと1勝6敗。ついでに北海道岩内町出身で今場所自己最高の前頭筆頭になった一山本も同じく1勝6敗。

毎日土俵に上がるたびドキドキで心臓に悪いったらありゃしません。


さて、今日は超久しぶりにLGBTQ+のお話です。

つい先日から自分のセクシャリティーについて色々と考えています。


きっかけ的なことで言うと、いくつかあるのですが・・・

まず、先月だったか、美容院に行った際、美容師さん(20歳からやってもらっている)から「インスタの自撮りでスカート履いているのを見かけると『今日は女の子やってるな』と思う」と言われて、この言葉がずっと頭に残っていました。

あと、年末に高校時代からの友人が来たときにも、ちょっと圧倒されることがありました。

この友人、一時日ハムのとある選手にお熱で、ほぼ恋をしているのではないかと思われる時期があったのですが、そのお熱はすっかり冷め、シーズン中はイケメン系の選手にちょっとお熱になっていました。が、年末に遊びに来たときには、気持ちが日ハムから楽天に傾きかけており、その理由がなんと「ビジュ(ビジュアルのこと)がいい選手が多いから」と言うのでした。

この友人、以前にも乙女な気持ち全開で、ちょっと圧倒されていたことがありました。

友人の気持ちが若くて?すごいなーと思った件

年末にも、何というかすごく圧倒されて「え、50代後半これで普通?」と思ったのでした。

確かに私も若元春や日ハムの水谷瞬くんとか好きですけど、「所作がきれいで素敵だなあ」とか「ソフトバンク3軍からめっちゃがんばってるなあ」とかその程度で、キャアキャアする気持ちは皆無なのです。

私は、大学生になってから30代後半まで彼氏が切れたことがなく、当然そういうことになることもあったわけですが、40歳以降は、1.2度恋愛になりかけるかも程度のことがあっただけで、45歳を過ぎてからはもう全く恋愛興味なしな状況になったのでした。

現在「この人とはちょっと良い関係になれそうかな」という人がいないわけではないですが、「恋愛とか結婚とかの話になると超めんどくさい」と思って、私の方からは寄っていったりしていません。

というわけで、特に年末以降、自分の性的な問題について、ちょっともやっとした感じになって過ごしてきたのでした。

で、軽い気持ちで、ネットでLGBTQ診断をやったところ「無性」と出たのです。

え、無性?無性ってなんぞや?と思って調べてみると、LGBTQ用語では「アジェンダー」と言うそうで、意味としては、男性と女性のどちらにも当てはめないとか、または性別という概念自体を持たないという自己認識を指すらしく、ノンバイナリーの1種なんだそうです。


さらに、ChatGPTの助けを借りて、他の診断を進めていくと、以前にNHKドラマ「恋せぬふたり」で出てきて、ちょっとピンと来ていた「アセクシャル・アロマンティック」(他者に対して性的欲求を持たない、恋愛感情を抱かない)の要素が強いということが改めてわかりました。

さらにさらに、このたび「アンドロジナス」なるものにも該当しそうだと言うことがわかりました。これは、既存の典型的な男らしさや女らしさに当てはまらないジェンダー表現のことを指し、ファッションなどで使用される概念だそうです。


この中で一番しっくりするのは、「アンドロジナス」で、昔からそうではありましたが、特に最近のファッション傾向としては、シンプルなパンツスタイルが多く、髪型もツーブロックのわかめちゃんカット。女性であることを強調するような普通のロングは、むかーしむかしスパイラルパーマをかける前提で伸ばしていたとき以外には、ほぼしたことがなかったのでした。

ファッション的な意味では、私は中性的なので、まさしく「アンドロジナス」だなと考えています。


が、それ以外の、アジェンダーやアセクシャル・アロマンティックに該当するかを考えるに当たって、自分が気になっているのは、一応自分は自分のことを「女性」だと思っていることと、過去には、自分的には「普通」の恋愛もしていたことが引っかかっていました。


ですが、ネットのLGBTQ診断では「過去2週間で」どういう心境かということを尋ねるものがあるし、過去のことを尋ねる設問が設けられているものはありません。

そこで、私は、ChatGPTに「LGBTQ+の診断に当たって過去に恋愛や性交渉の経験があることは関係ないのか」と聞いてみました。そうしたところ、明確に「関係ない」という返事が返ってきました。

理由としては、「社会的圧力」が強く、「そうするのが普通」「いずれ慣れる」「そのうち好きになる」という前提の中で生きてきて、特に私のような昭和・平成世代では選択肢そのものが見えにくかったことが挙げられていました。

また、内面と行動は一致しないことがあるということも書いてありました。

それに、アジェンダーもアセクシャル・アロマンティックも0・100ではなくスパイラルがある概念なので「傾向としてそう」ということは言えるかなと思いました。


それに、自分の性自認が「女性」であるということについてですが、自分にとってその意味は「身体的には(あるいは遺伝子的には)女性であることを認めている」ということに過ぎないのかなという気がしています。

私は体が子どもの頃から大きくて、初潮も早かったですし、生理もとても重かったのです。

後に子宮内膜症があることがわかり、長く婦人科にかかって治療もしていました。今は更年期治療を続けています。

そういう意味で、自分が女性であることを意識せざるを得ない中で生きていたとも言えるのかなと思います。

そして、明確に心が男性なわけではなかったので、「体と心の不一致で悩む」というところまでは至らなかったのかなと思います(ただ、生理がなくなったときはとても清々しました)。


交際した男性も複数いましたが、私に女性らしい格好をしてほしいとか髪を伸ばしてほしいとか言ってきた人はひとりだけで(そのときは非常にめんどくさかった)、それ以外の人たちは、今にして思えば、割と私のあるがままを受け入れてくれた気がします。そういう意味でも、「女性らしさ」を押しつけられたり、直面したりすることが少なかったのかもしれません。


そうやって少しずつ過去のことや、自分の気持ちなどを振り返っていくと、アジェンダー・アセクシャル・アロマンティックにも納得する部分があるのでした。


でも、これを実名で公表するのかというと、発達障害と同じでやはり「うーん」なのでした。

だって、別に対応で配慮してほしいことがあるわけではないし(ヘルプマークはASD対策)、概念がマイナーで理解できる人も少ないでしょう。「ノンバイナリー」と表現する手もありますが、ノンバイナリーは、その下にいくつかのタイプを含む上位概念なので、自分のことを正しく表している言葉という感じがあまりしません。

で、めんどくさいし、必要もないのに公表するだけの社会的な地位も自己顕示欲もないので、ま、実名じゃ公表しないかなあという感じです。


もし、もうすぐ還暦の私に対して「服装が変」とか「もっと女らしくしろ」と不穏なことを言い出す輩がいたら、そのときは言うかもしれませんけど。

なんとなく実社会では、「ハヤシさんはもうこういう人だから」で通ちゃっているので、そういうことになることも少ないかなと思います。

弁護士という職業につけたのも良かったかもしれません。「自由に生きる変人」が多い職種なので、あまり目立たないと言えるのかもしれません。


自分は、50代の後半になってようやく自分自身のことを知ることができるようになってきました。

これまで、自分の思うとおりに生きてきたつもりではありましたが、もしかすると、気づかないor耐えていた?だけで、案外ある意味で抑圧された人生だったのかもしれません。

LGBTQ+の概念がなかったために、「この人ちょっと違うかも」と思われることすらなかったように思います。自分の親も含めて。


そういう意味では、今自分は「良い暮らし」をしているのかもしれません。

あとは事務所の業績が安定してくれれば言うことはありません。

晩年に心穏やかに暮らせればなと思うのでした。


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