2015年5月31日日曜日

今日はタイトルをつけずらいので、無題。

揺れました。東京。
いや、小笠原とか埼玉とかのが段違いで揺れたと思うのですが。
住んでいるのは都内のマンションの9階。
夕食の片づけが終わって、昼間からやってた書面作成の仕事の続きが終わって、ホッと一息ついていたところ。
最初、微妙な揺れが長く続いて、なんとな~く「これは…来るかなあ?」とか思ったら、大きい揺れが来たのでした。

なんか大震災の時のことを思い出しましたね。
当時名古屋に住んでいたのですが、よりによって会議に出るために東京に来ていて、地震発生時は霞が関の弁護士会館の17階に…その日は帰れず、一晩弁護士会館に泊まりました。
その時の一発目の揺れに、感じが似ていた。だから、震度4くらいで済むとは思っていませんでした。
続きますなあ、最近…明日あたりお水買い足しておこう、なんて思っちゃいました。

さて本題。
先日、あさイチで、栗原類くんが自身が発達障害(ADD:注意欠陥傷害)であることを告白して話題になっていました。
この日、ハヤシは、午前に急ぐ用事もなく自宅で家事をこなしながらあさイチを観ていました。

あさイチ初登場の類くん。
番組冒頭から、いつにもまして神妙な顔つきで座っている。
今日の特集が「発達障害」と紹介されたところで、もしかして?と思っていたら、案の定そうでした。

大ファンとまでは言いませんが、栗原類くんは、好きなタレントさんです。
だから、発達障害と知ってびっくりしました…と言いたいところですが、意外ではありませんでした。
それどころか、「あ。やっぱり」というか、自分が「好きだなあ、この人」と思っていた雰囲気の原因はそこだったのか、と妙に納得したくらい。

類くんの、「心ここにあらず」みたいな、ミステリアスな表情、どんな番組に出ても空気を読まずに正直な言動や反応をしてしまうところ、お愛想笑いも予定調和な相槌も一切なし。そんなところが好きでした。
思えばこれが「発達障害」独特のもの、なんですよね、たぶん。

実は、弁護士というのは(扱う事件にもよりますが)、知的障害や発達障害、精神障害をお持ちの方に接することが結構多いのです。
特にハヤシの場合、以前いた職場の関係で、かなりな数のこういう方々にお会いしてきました。
そのせいなのか何なのかよくわかりませんが、多少お話しすると、お持ちの障害について大体の見当がつくようになりました(それが必ずしも正しいとは言いませんが)。

十分にコミュニケーションが取れて、これらの障害を持っている人でも満足してくれるような解決ができている…とは思えないのですが、特にお会いしたり話をしたりするのに、気持ちのハードルが生じることもありません。
自分ではそれは特別なことでもなんでもなくて、多くの人はそうなんだろう、特にうちの業界にいる人は大抵そうだろうと思っていたのですが…案外珍しいのだということに割と最近気が付きました。


思えば、自分は昔からそうだったんだなあ、というか、むしろ「平均がとれていない人」に惹かれる傾向が、子どものころからあったようです。

自分の心の中で「人生最初の友達」と思っているのは、幼稚園で同じクラスにいたとある男の子でした。
「みつばちマーヤの冒険」に出てくるウィリーによく似ているおっとりした子でした。
自宅が同じ方向で、いつも、うちの母とその子のお母さんとその子と一緒に幼稚園から帰っていました。
何をしゃべったという記憶もないのですが、となりにいるのが当たり前で、ごくごく自然で居心地の良さを感じていました。

ある日、「〇くんは自閉症なんだよ」とうちの母親に言われたことがありました。
母は、その子はうまくお話ができないけど、だからってからかったりしてはいけないんだよということが言いたくて、ハヤシにそのことを告げたようでした。
ハヤシの中には「ジヘイショウ」という言葉だけが心の中に残りました。
なんか自分と違うのか?と今まで気にもしていなかったことが、逆に気になったのです。

で、ある日、幼稚園でずっとその子のことを観察していました。朝幼稚園に行ってから帰るまで。
出た結論は「〇くんは、ふつう」でした。
確かにちょっとどんくさいかもしれないけど、別にだからって何か違うってこともないような気がしたのでした。
その子とは小学校1年生まで同じクラスでしたが、私が途中で転校して、以来連絡が途絶えてしまいました。
今、どこでなにをしているのかな、とわりにしょっちゅう思い出す友達です。

うちは、父も母も兄弟が多くて、そのため「おじおば」にあたる人が大勢いました。
そのなかで、一番好きだったのは、父の末弟のおじさんでした。
他のおじさんは親戚が集まっても昼間から酒ばかり飲んでいて、人見知りで人の輪の中に入るのが苦手だった子どものころのハヤシには、ろくに話しかけてもくれませんでした。

末弟のおじさんは、よく声をかけてくれて、近くの公園に連れて行ってくれたり、一緒にかるたやトランプをしてくれたりしました。
いつだったか、みんなが大広間で朝ご飯を食べていたときに、ワタシとおじだけが台所の小さなテーブルでトーストを一緒にかじっていたこともあります。
どこか寂しげで、子供のワタシから見ると、ハンサムなおじでした。

そのおじは、30代の中ころからアル中になり、40代で脳出血で亡くなりました。アル中になってからも何度か会いましたが、表情は暗くても会えばやはり、私の体調などを気遣ってくれるおじでした。

高校生の頃仲良くしていた友人が、30代初めにパニック障害を起こして公共交通機関に乗れなくなったことがありました。
スヌーピーのマンガを長いこと読んでいたワタシは、たまたまその病名を知っていて(ライナスはパニック障害という設定)、その後、彼のリハビリに付き合うという名目で、受験時代の息抜きに、よく一緒にランチをするようになりました。

同業の友達と食事をしていて、たまたまこういう話になったところ、「ハヤシはさあ、呼ぶんだねえ、そういう人を」と言われたことがあるのですが、この「呼ぶ」という表現は、当たっているような、当たっていないような、よくわからない感じです。

これでもハヤシはデリケートな子どもで、幼稚園時代クラスの担任の先生が合わなくて通園にストレスがかかり、5歳にして円形脱毛症になったほどでした。

受験時代には抑うつ状態に陥り、母に「あんたちょっと変だから病院行きなさい」と言われて心療内科に通院していたこともありました。
最近だって、ストレス性疾患の代表格、逆流性食道炎に過敏性腸症候群を患い、果ては食べることが怖いと感じる事態に至りました。
胃腸薬以外の投薬を受けたり定期的に通院を義務付けられているわけではないですが、断続的に心療内科の先生にお世話になっている状況です(自分の状態の確認のため、自発的にたまに会いに行っている感じですね)。

自分の精神の力には自信がありません(まあ、全体的に自信がない状況で生きているのですが、正しく言えば)。
いつぼろぼろと崩れていっても、そんな意外じゃないよな、と、そんな気持ちでずっとずっと暮らしています。

思えば、幼稚園の友達も、アル中のおじも、パニック障害になった友達も、みんなそのときそのときでワタシの傍らにいてくれて、あまり彼らにとってありがたくない状況にいながらも、ワタシの気持ちを助けてくれていたわけです。
そして、たぶんワタシはワタシで、それが何なのかはわかりませんが、何がしか彼らの役に立つことがおそらくはできていたと思うのです。

なんというか、うまくいえないのですが、自分にとっては、自分もその人たちも別に違うところなんてなくて、お互いに相手にとってできることがあればそれをやって生きていくのがふつうだよな、とおそらくは無意識のうちになんとなく思ってきたのだと思うのです。

それが他人から見ると「呼ぶ」と表現すべき事態になっているのでしょうが、ワタシからすると、別に普通に付き合っているに過ぎない。
そういう人たちとお話しするコツは、とか聞かれても別にフツーにしているだけなので、何ともお答えしようがありません。

で、今日のこのブログ、この時点でどう〆ていいのかわからなくなってしまっているのですが(所詮独り言なんだから無理に〆なくてもいいのかもしれんが)、なんか、こういう自分が普通じゃない人扱いされるのは(実際されてます)、寂しいよなあという、ただそれだけのことを言いたかったような気が、今しています。

うちの業界、「福祉との連携」流行りなのですが、「障害がある人のために」とか大上段構えて言っちゃうのが、あたしゃーこの上なく嫌なんだよ。なんだよ、それって、そう思う。

そういう感覚が、マイノリティーってことなのかもしれませんが。












2015年5月24日日曜日

ユニクロの夏物2015、なのだ。

なんとなく呆けている土曜の夜です。

実は昨年から、ある同業者団体に所属させられ、挙句、そのとある団体の会計なんぞをやらされておりまして…で、総会が近いので、決算と来年度の予算作成の作業などをしていたわけです。

元来、数字とか帳簿とか、もう全然ダメなタイプ。
なんせ、こじんまりした自分の「ぼっち事務所」の確定申告すら自分でやるのを断念して税理士さんにお願いしたくらいのこのアタクシ。
なのに、断り切れずに会計なんぞを引き受けてしまい、かつ、直前に担当事務局が精神的におかしくなって作業の上がりは遅れるわ、元帳の仕訳が間違ってるらしいことがわかるわ、(ついでに、その担当事務局とバトって、上にチクられるわ、)散々な状況の中で、本日、遂に元帳と補助元帳と向き合わねばならない、私にとっては本番中の本番を迎えてしまったわけです。

いやしかし。
案外やってみると、見れるもんです。チェックもできるもんです。
「食わず嫌い」とはこのことか、と思いました。
もちろん自分で帳簿つけるとか、もう総勘定元帳作るとか、絶対無理ですけど、見方はわかりました。

「あ。ワタシ、案外できる!!」とか思ったものの、さすがに慣れない作業に4,5時間没頭すると、脳みそが止まります。
これ、司法試験の論文試験2日目の最後の科目が終わった後の感覚に多少似ている。
というわけで、今日の独り言ちは、頭ぼんやりのまんま、突入です。

最近、ユニクロでハヤシ的には「爆買」の状況が続いていました。
先週だけで、ユニクロに2回買い物に行って、ジャケット計3着、ノースリーブのブラウス計2着を買うという…

ジャケットは、コットンの1枚仕立てのもの2着(いずれも一応テーラード)、ノンカラーのジップ式のものが1着。ノースリーブのブラウスはパターンは同じで、レーヨンとポリエステルの柄物が1着ずつ。いずれも襟付きです。
どれもこれも仕事で着ることを一応想定しています。

自分の事務所を持って、服装なんかも前より気兼ねしなくなったとはいえ、やはりどんなにカジュアルでもジャケットはなるべく着ていたい。

とはいえ、「クールビズ」が浸透した東京、ガチでかっちりしたジャケット着ると、暑くて死にます。ジャケットも汗臭くなる。そんなに毎回毎回クリーニングにも出せない。
ザブザブ洗えるものがいい。
加えて、ウールのかっちりしたジャケットは、見た目にも暑苦しいわけで。

薄手で、簡単に惜しみなく洗えるジャケットがあると非常に便利。
洗濯が続くとよれてしまって、来シーズンはもう着れないかもしれない。
そうすると、あんまり高いお金も出したくない。

こういう場合、ユニクロが便利、なわけです。

本来は洋服はいいもの買って長く愛したいタイプなのですが、実はユニクロってワンシーズンで飽きてしまっても、それほど罪悪感がないのです。
それは、値段が安いからということではありません(注:最近ファストファッションが浸透しているせいか、ユニクロの値段が特段安いとも感じられない)。
ユニクロ、店舗にリサイクルボックスがあって、着なくなった自社製品を回収してくれるんですよね。

「捨てる」のではなく「また何かに利用される」となると、「安い服の着回し」に対する罪悪感はかなり希薄になります。

で、冬物に比べて飽きやすい夏物なんかは、特に仕事着、ユニクロを利用することが非常に多くなります。

買ったジャケットのうち、すでに着用しているのは、まだ1着。コットンのストライプのジャケットですが、着やすいですし、コンパクトなので下にボリュームのあるパンツを合わせても、バランスがとりやすい。
暑ければ袖をまくっちゃってもいいですし、紫外線から首を守るのに襟を立ててもいいですし、「安い」からこそ、惜しみなくあれこれできる便利さもあります。シルエットもきれいですしね。
これから梅雨時の「そんなに暑くないけど、着ると蒸して汗かく」みたいな気候には、かなり活躍してくれそうです。

ブラウスの方は、1つがレーヨン。もう1つがポリエステルのもの。
レーヨンのものは、実は色違いの同じ型を昨年買ったのですが、これが昨夏大活躍したのです。
「ちょいと派手だったかな」という柄でしたが、案外コーディネートがききましたし、ビシッとした黒のジャケットの下に着用しても、地味感がなく。で、別な色(かなり派手)を購入。

実は夏に着るシャツは、ノースリーブの化繊(できればポリエステルジョーゼット)が一番だと思っています。
まず、夏はどうしたって脇汗が気になる。
ノースリーブだと心配する必要なし。
くわえてノースリーブはジャケット着ても、そでの部分のシルエットが崩れない。

そして、ここが大事なのですが…
洗濯しても乾きやすいし、アイロンが要らない!!
という扱いやすさが化繊のシャツにはあるのです。

ファストブランドのシャツを買う場合、天然素材のものはあからさまに質感が劣るものが多く、シワになりやすい、生地がよれやすい、などの問題が発生します。
が、ポリエステルジョーゼットをはじめとする化繊物のシャツは、とりあえずZARA、ユニクロレベルなら、変に高いブランドのものを買うより、耐久性という点ではかなり優れています。
後は縫製、ボタンつけの丈夫さの問題が残る。

で、前にも書いたと思いますが、ユニクロの化繊シャツ、縫製、ボタン付け、非常に丈夫です。デイリーユースでザブザブ洗濯したい人にはうってつけのシャツといえましょう。

以前は、化繊のシャツは、オサレぶってZARAで買うことが多かったのですが、ユニクロのシンプルなデザインが、ハヤシの手持ちの服にはZARAのものより合わせやすく、最近はユニクロで買うことも増えてきました。

とりあえず、この夏を乗り切れるくらいの夏用アイテムは概ねそろったので、もうユニクロで夏物を爆買することはないと思います。

が、買いはしなかったものの非常に興味深いアイテムがありました。

薄手のコットンのワンピースです。
いくつかのパターンがあったのですが、もっとも気になったのは、一番シンプルな型のもので、襟がなく、ボタンがみぞおちくらいのところまであるもの。首の後ろの部分にギャザーを少し寄せていたような気がしますが、それ以外にステッチなども入っていない、本当に本当にシンプルな作りのものです。長袖です。

試着してみたのですが、シルエットがとてもきれいでした。特に腕部分が細くできていて、無理にウエストをシェイプしておらず、そのバランスがスタイルをとてもよく見せてくれる感じ。
ただ、残念なことに生地が薄すぎてシワになりやすそうだったのと、私の好みよりは着丈が短かったため、購入には至りませんでした。

ユニクロ、相変わらず進化している。そんなことを感じるワンピースでした。

ユニクロといえば、従業員の過酷な労働環境が指摘されていて、我々の業界では非常に評判が悪い企業です。
そして、ファストファッションの浸透は、発展途上国の「安い」労働力をさらに貧困に陥れる諸悪の根源でもあると言われています。

あまり安すぎる品物を買うことはどうなんだ、などと考えることもしばしばです。

ですが、なんなんだろう。ユニクロの商品には、時折「これは買いだ」と猛烈に思わせる何かがあるのです。
ヒートテックとか、暖かくて軽いダウンとか、ステテコとか、そういうキャッチーな商品の魅力だけではないのです。

この「とりつかれ感」の正体が何なのかよくわからないのですが、とりあえず、ユニクロの夏物に超満足のハヤシなのでした。

プチプラといいもののミックス、全身プチプラでかっこよく決める。
この夏は両方楽しみたいものです。



2015年5月19日火曜日

緊急投稿:浮かれちゃならねえ、真央ちゃんの復帰。

蒸し暑い!!
今日は禁酒しようと思っていたのに、耐えきれずに思わずビールを一杯飲んでしまいました…

さて、昨日のこと。
真央ちゃんが現役続行を発表しました。
少し前から噂はありましたし、今年の2月かな?に放送されたNHKの番組(東日本大震災の被災地を回った時の様子をドキュメンタリーにしたもの)を観ていても、「まだ勝負魂が残っているんだなあ」と思えたので…あまり意外でない結論ではありました。

ただ、おねえちゃんの舞ちゃんはすっかりタレント化しちゃいましたし、一部では、ニュースZEROのキャスターになるとかいう噂もあったので、どうするのかなあ…と思っていましたが。

ハヤシは、ショースケートの世界はあまり好きではなく、やはり、持てる技術をぶつけ合う、ガチンコ勝負の競技フィギュアの世界に興味津々です。

真央ちゃんが休業期間中に出ていたショーは大盛況だったみたいだし、髙橋大輔も、あのマンボやビートルズメドレーをショーでも踊っていて、テレビでもその様子は見たりしていました。
でもでも…やはり競技の世界を見るようなトキメキは起こってこないのです。

そういう意味では、真央ちゃんの現役続行宣言は、もちろん嬉しい。
のですが、実は、胸中複雑でもあるのです。

それは、真央ちゃんがもう全く何の花も咲かせることができずに、いつの間にかひっそりと現役生活を退いていく末路も、ある程度の可能性、残されているからです。

これから書くことは、多少フィギュア好きの人であれば目にしている内容で、特に目新しいことでも何でもありません。

24歳という年齢は、フィギュアスケートの世界では、結構なベテランさん。ソチの時に28歳だった鈴木明子ちゃんが長老扱いされていたくらいですから。
体の肉のつき方、体力のピークを過ぎた年齢…などなど考えると、「跳べていたはずのジャンプが跳べない」という悩みは当然ついて回るでしょう。

トリプルアクセルなんて、もうホントにこの先跳べるのか、ということは本当に真剣に考えねばなりません。
それだけじゃない。やっとこさっとこソチで跳んだ「トリプルフリップ、トリプルループ」だって、再び跳べるようになるのに、相当時間がかかります。

加えて、これもすでによく言われていることなんだけど、ロシア勢を中心に急速にジャンプの高難度化が進んだ女子フィギュア界(このきっかけを作ったのは、古くは伊藤みどりであり、近年は真央ちゃんだったことは言うまでもないのですが)では、トリプルアクセルやトリプルトリプルのコンビネーションなんて、「跳んで当たり前」の時代が目の前にやってきているわけでして。

まず、ロシア勢に勝つなんてことは少なくともこの2年くらいは考えちゃあかんでしょう。

マスコミなんか見てると、「海外の敵」にしか目が向いてないのですが、国内の敵だって無視できないのですよ。
まあ、はっきりいって、村上佳菜子には今でも勝てるんじゃないかと錯覚を起こしてしまったりするわけですが、宮原知子ちゃんは相当の難敵です。
彼女は私も好きな選手ですが、真央ちゃんの弱点をことごとくカバーできる恐るべき安定感の持ち主。そして、おっそろしいほどに基本ができている。取りこぼしが少ない。
実は、彼女の壁を破ることが、かなり大変なんではないかと、ハヤシは思うのです。

さらに、勢いのある樋口新葉ちゃんもいる…

復帰しました→真央ちゃん、また女王様になってね!!なんて脳天気なこと、もうひとっことも言えない四面楚歌、八方塞がりな状況。

ま、でも、日本人も多少わかってきたなと思いました。
街中のインタビューを観てても「やったー!!ピョンチャンで今度こそ金をとってね!!」なんて叫んじゃうおバカさんは見当たらなかったですから…
概ね皆さんの感想をまとめると「あの姿をまた見られるのがうれしい」という感じ。

そう、真央ちゃんは、日本人全員の「娘」「家族」みたいな感じなんですよね(なんだろう、ここで突然、ヨン様を思い出してしまった…)。
ソチのときは、その家族気分がうまいこと出て、真央ちゃんのソチのショートの惨劇を「心を痛めながら眺める」という非常にお上品な態度に出る人が多かったわけだが、この先は、パッとしない成績が続けば、手のひら返したみたいに「とっとと引退しろ」「復帰するべきではなかった」なんていう人が、どんどん増えてきたりすることにもなりかねないよねえ…

真央ちゃんは、そんなことをわかってなお、復帰したんでしょうな。いろいろ周りの人が心無い言葉をかけられたりしているのは見てきただろうし、自分だってソチ前の不振の時には、色々言われていただろうし。
それでもなお復帰しちゃうあたりに、真央ちゃんのとてつもない根性、頑固さ、アスリート魂、天使っぷり、色んなものを垣間見てしまうのです。

ソチの前に子ども産んで引退した同じ名古屋出身の彼女のように、バラエティ番組で「〇汁〇菜」に「みそ汁野菜」と穴埋めしてボケまくるようなこともできたはずなのに、そっちの方が楽だったかもしれないのに、絶対にそっちにはいかない…(いや、安藤さんのこのボケは私は称賛したいんだが。あ、名前言っちゃいました)。

真央ちゃん行きつけの定食屋さんのおじさんが「これからは真央ちゃんが納得いくようにやってほしい」と言っていたけど、私も全く同じ気持ち。
やっぱり駄目だと思ってすぐに引退しても、村主章枝みたいにぼろぼろになるまでやっても、それが真央ちゃんなのです。ハヤシは、そんなあなたの姿を正視していきますよ!!!

久々に今夜はソチの女子フィギュアのフリーでも観ようかのー…寝ちゃうかもしれないけど。






2015年5月17日日曜日

ハヤシ、炒めものにはまる。

今日は自宅で書面書きの仕事。本当は時間がないはずなんですが、なぜか、NHK杯の女子体操を観ていたハヤシです。
最近の女子体操選手は、小顔、足長、美人さんが多くて時代が変わったもんだなあと感心しております。
2時からは男子だそうです。

そんなことはどうでもいいんですが…

メシブログをご覧の皆さんであれば、薄々?お感じだと思いますが、ハヤシの平日の食生活は、朝ごはんが勝負です。
事務所に行ったり、出先にいたり、午前中自宅にいても午後の外出までぎりぎり作業していたり。
夜は夜で、早く帰ってくるときでも自宅で料理する気力までは起こらないことが非常に多い。
「何を食べられるか」が、読めないわけです。

とはいえ、野菜不足とかになるとすぐに体調に出てしまう悲しい体質。
そんなわけで、朝、極力バランスをとった食事をするように心がけております。
そして、それを励行しようとすると、土日に常備菜を作っておくことが必要になる。

この常備菜の歴史は、6,7年前、名古屋時代から始まりました。
一時はピクルスをつけるのにはまっていたことがありました。
酢のものは好きなのですが、さすがに毎日毎日だと飽きる。
煮豆にはまったこともありました。
失敗はあまりありませんでした。
が、どうひっくり返っても、おかあちゃんがたまに送ってくる煮豆にはかなわん。

常備菜に限らず、土日に作るごはんは、煮物・煮込み料理やスープが多い傾向にありました。
これらのものは、個人的に失敗が少ないと思うのです。
味つけを薄めに設定しておけば、食べられないほどひどいものができあがることはない。
それに、冷蔵庫にきちんと入れておけば数日は持ちます。
ジップロックコンテナに入れておいてお昼のお弁当にそのまま持って行ったこともありました。
が、手間と言えば手間。

常備菜にしろ、普段の料理にしろ、煮る・炊くなどの作業が多かった理由の一番大きなものは、「炒める」料理に苦手意識があったからということです。

一人暮らしを始めたころに、何度か野菜や肉を炒めたことがあるのですが、水っぽくなる、肉はすぐ焦げる、みたいな感じで、どうにもコツがつかめませんでした。
炒めものって難しい。
そんな風に感じて、その後敬遠するようになり、炒め料理はほとんど作らなくなりました。

が、母が小さなフライパンを送ってくれた頃から、フライパンをよく使うようになりました。
大きなフライパンと違って、手入れがとても楽だったので。
例えば、一人分の目玉焼きやスクランブルエッグ。焼き魚もフライパンを使うようになりました。
鶏の手羽中の煮込みの下ごしらえをする時も、フライパンでグリルすることもありました。

そんなふうにフライパンを使うことに慣れてきて、人参のきんぴらを作ったりするようになり、野菜の水分が出ないようにするためには「蒸し効果」が出ないようにするために、でかいフライパンを使った方がいいんだな、その方が仕上がりも早いんだな、などと気付くようになって…

いつの間にか、炒めものに対する苦手意識が随分なくなりました

そうすると、常備菜作りも非常に気持ちが楽になりました。
一番よくやるのは、コーン缶の利用。
コーンバターだけでもいいのですが、それに小さく切った野菜を入れてソテーすれば、栄養バランスはさらによくなる。
アスパラとか、自宅から届いたジャガイモがある時はそれを小さく切って一緒にソテー。
応用編で(今日作ったみたいな)豆缶をコーン缶に変えてみたり。
じゃがいもとアスパラの組み合わせにしたり。
たまにガーリックパウダーを投入して見たり。

乾物を利用した和の炒め煮もたまに作るようになりました。
切り干し大根とか、ヒジキとか。
木綿豆腐もしっかり水切りしてごま油つかって炒ると、ご飯がすすむおかずになります。

コツさえつかめれば、炒め料理は楽ちんでバラエティに富んだお助け料理になるんだなあと、今更ながらわかり、感嘆している45歳の初夏。

そんなわけで今晩は、ハードルの高さレベル5の肉の炒め物に挑戦です。

さて、うまくいくのでしょうか…


2015年5月10日日曜日

休みすぎたハヤシ。

どうも。
未だに札幌にいるハヤシです。
1日から、7,8も休みにしちゃって本日まで、たっぷり…
休んで、食べて、飲んで、買い物して…
その間、真面目に仕事に割いたのは6日のただ一日のみ。
もちろん、7,8はそれなりに電話連絡しないといけないことなどいくつかありましたが、逆にいうとそれさえやってしまえば、何とかしのげた状況です。

ハヤシらの同業者は、案外古い体質で、「休みも働いていることが美徳」みたいな考え方がまだはびこっています。
FBなんか見ると、ゴールデンウィークでも頑張ってます自慢がうようよ書かれているのですが…見ていて気持ち悪っとか思っちゃうのです。

別に休みの日に働かなくちゃならないことを非難しているわけではありません。実際、業種によっては、むしろこういう時期の方が忙しくなってしまう仕事、お休みできない仕事、というのは、多々ありましょう。
ワタシが言いたいのは「自慢げに働いてますアピールすな」ということです。「みんなが休んでいるときまで働いているオレ、えらいじゃん」みたいな自己陶酔が気持ち悪い、と言っているわけです。
休んでいる方が、罪悪感を感じるような言い方というのは、過酷な労働環境を助長しかねませんからね(実際、知り合いの同業者の何人かは、こういう状況の中で心身を病んで廃業していますので)。

で、ハヤシはというと、今日になるまで「帰ってからやらなきゃいけないこと」がほぼ頭から抜けていた状態でした。
精神的にもここまで仕事から抜けて休めたという経験は、この仕事に就いて初めてだったので、そういう意味でも、かなりリラックスできていたように思われます。

ただ、「帰ってからやらなきゃいけないこと」を思い出したところ、結構すんごいことになりそうな勢いで、ちょっと休みすぎたかなあ、やばいなあ、できるかなあと不安になっていたりするわけであります。

さて、今回のお休みは、久々に買い物が充実しておりました。

以前から、「買い物は東京より札幌の方が楽しい」と公言してはばからないハヤシですが、今回は、いつも見には行くものの、買わずに帰ってくるセレクトショップで、良いお買い物ができたのです。

場所は(うーん、これ、地元の人じゃないとわからないよな)、創生川沿い、東部ホテル近くにある「Heritage」(スペルこれでよかったかな。「遺産」のヘリテイジです。間違ってたらごめんなさい)というお店。
ナチュラル系のブランドや、古着などを扱っているショップで、1階がメンズ、2階がレディースになっています。

ここで取り扱っているメインブランドの1つに「toujours」というブランドがあります。
デザイナーは、元々ジャーナルスタンダードのデザイナーをしていた注連野昌代さん。
以前から、ここのブランドは、特にワンピースに注目していたのですが、身幅も丈も私にはちと大きいなという感じで、似合わず買えず…ということが続いていました。

最近、自分の事務所を開業したせいか、一時かっちり系にややシフトしていた(といっても所詮ハヤシなので、たかが知れていますが)ファッションが、かなりな脱力系に戻りつつあり、久々に「ワンピにデニム」というコーディネートもありだよな、という気分になっていました。

とはいえ、ハヤシももうすぐ46。「ワンピにデニム」でも、それなりにオトナなというか、ラグジュアリー感漂う雰囲気にはしたいわけで、それでまあ、ここで「toujours」をちょっと見に行くか、となったわけです。

セレクトショップというのは、入荷のタイミングを逃して店に行くと、もう本当に店頭には何にもない状態になっているわけで、しかも、百貨店なんかと異なり、入荷のタイミングとお客の休暇のタイミングが合うわけでもない(だって、欲しい人は普段の日でも頑張っていきますからね。取り置きしてもらったりしますし)。
が、今回は、非常に良いタイミングでこの店に行けたようで、もう店内はトゥジュー祭りになっていたのでした。

ボートネックとV開きに小さめの襟が付いたワンピ(いずれも、麻で胸元あたりで切り替え有)の2ち着を着て、襟付きの方をお買い上げ。

ボートネックも可愛かったのですが、色が薄くて汚すと大変なことになりそうだったのと、上半身がりがりで肩幅がないワタシには、やはりボートネックはいまいち似合わない…ということで、いつもの濃い色(チャコールグレイかな)で、ガリガリが目立たんV開きに落ち着いたというわけです。

お店の方も言っていましたが、デザインが少しコンパクトになったようです。
吊るしているのを見ると、相当身幅がありそうなのですが、着てみると、だぶつきはまったく感じません。
袖もすっきり細め(7分袖ですね)。丈もひざ少し上くらいで、下にデニムを履いても、全く重くならない。
5年くらい前まで、わりによく見かけていた「小金を持ったアーツ&サイエンスおばさん」のような、「コロンとした体形を隠すのに高級なズルリン系ワンピを着ている」みたいな大惨事にはならずに済みました(私の場合は、アーツ&サイエンスのワンピを着ると、ザ・一反木綿ショーになっていたのですが。ワンピのフレアがハンパなくたっぷりあったので…)。

逆に、今回買ったこのワンピ、私の背丈だと軽く膝が出てしまいます。むしろ、ワンピ一枚で着るのは、どえらい恥ずかしい(膝汚いしなあ、ワタシ)。
下に、レースのチュールとか履くと着れちゃうかもしれませんが、ラブリーすぎて、なかなか勇気が出ない。

ワンピとパンツのレイヤードは、もはや定番化したといってもいいと思いますし、ワンピ大好き(というか普通のスカートがいまいち似合わない)ハヤシとしては、甘くなりすぎず、「体型隠し」と揶揄されない着こなしをこれからも追及していこう、と、ちょいとかために決意しちゃったのでありました。

そのうち、事務所に一日いるときなんか、こういう格好で仕事するようになるかもしれんなあ…

残念ながら明日は一度荷物を置いた後お外に出かける仕事があるので、そういうわけにはいきませんが。

さて、あとは無事に、平常モードに自分が戻ってくれるのを待つだけです。

2015年5月4日月曜日

ハヤシ、おじさんと戯れる。

帰省して以来の悪天候。
午後から崩れるという予報が大当たりの札幌です。
さっきググタスにアップしましたが、今、大通公園にほど近いカフェ・ラ・バスティーユというカフェにいます。

そろそろ持ってきた仕事のうち、アレとコレを片づけな、と焦りだしているところですが、ちーとも進んでません(原稿5本書かなきゃいけないんでした、とほほ)。

さて、今日と明日は、ハヤシの中で「おじさま捌くDAY」となっております。
つまり、札幌在住のおじさまの知り合いに集中的に会うスケジュールとなっているわけです。

ひとりは、大学というか司法試験受験時代の恩師。
もひとりは、前の職場にいたときに知り合った銀行員にして不動産鑑定士有資格者のおじさま。
もひとりは、中学時代の同級生(まあ、45なんだから立派におじさん枠だろう)。

受験時代の恩師とは、つい先ほどお会いしてきました。
メシのブログにアップしましたが、KKR札幌でのランチは、恩師とご一緒したもの。
恩師と食事をするときは、KKRホテルか大通りのジュンク堂の近くにあるパスタ屋に行くことが多いのです(どうやらお気に入りらしい)。
盆暮れ正月とGW、帰省するときには必ず恩師には連絡を取っています。

まあ、近況報告です。どうもちょっと前に体を悪くしたらしく、普段はあまり外にも出かけない模様。たまのお出かけのお供も務めている感じです(おいしいご飯をゴチになれる特典付き。もちろんおみやげはきちんと渡しております)。

明日は2連発で、まず午後遅い時間からのお茶が銀行員のおじさま。その後の飲み会が同級生のおやじ。
銀行員のおじさまの話は、四十路女でも何回か触れていますが、この方、ハヤシが受験生時代に働いていた某資格試験予備校で不動産鑑定士講座を受講していた方。2次試験に受かってからは、受験者向けのボランティアアドバイザーもしていました。

仕事に対する姿勢であるとか、将来のこととか、ちょっと方向性を見失ったときに話をすると、頭を整理するきっかけになることが多い、こちらも師匠的な立場の人です。

で、同級生の男は、なぜか腐れ縁が切れない飲んだくれです。市役所にお勤め。しばらく会っていなかったけど、正月に一度会ってから、割にまめに連絡するようになりました。

三人に共通するのは、みなさん「話し好き」ということ。
そのうえ、師匠と銀行員は、毒舌、というか口が悪いことこの上ない。
受験時代のお師匠なんて、課題提出した学生にでっかく赤い字で「読む価値なし」とか書いて返しちゃうし、出来の悪い学生がたまたま受かると「おまえが受かるなんていい世の中になったもんだな」とか言っちゃうし(私は面と向かって言われたことはないですが)。

さらに銀行員のおじさんは、私を捕まえて「最近の仕事で遭遇した場面」「法律的な見解を聞きたい場面」について話すのがお好きと見えて、お茶飲んでる1時間か1時間半のうち、7割はしゃべっている感じ。

というか、最近気がついたのですが、ハヤシ、自分自身のことをそれほど長々話すのが好きなタイプでもなく、どっちかというとまず聞いて、それに対してコメントしたりする方が気持ち的にラクなようです。

同級生のおやじも含めて、この三人のおじさんたちは、なんか話したいことにあふれているというか、話を聞いてくれることに飢えているというか、そんな感じで、かつ私の方も、なにがしか話したいことがあって会うはずなんだけど、結局「会う」「おおむね話を聞く」ということであらかた満足をして終了してしまう、という、つまるところ需要と供給がマッチしたところで会談が成立する関係に収まっているようなのです。

この三人のおじさんに会うことによって、ハヤシは心の安らぎを得て、東京に戻る。そんなことが自分の中で慣習化しているような気がします。

そして、つい最近まで、東京には、そのように、ハヤシの心に安らぎをくれるおじさまやおやじは存在しませんでした。
もちろん、しゃべっていて心地よい年長者はいるにはいたのですが、お住まいが非常に遠く、年に2回くらいしかお会いできない。これでは、安らぎをくれる存在とはいえません。
そのせいもあって、札幌に帰るときには「3人のおじさんに会わないと!!」という切羽詰まった気持ちになり、いそいそと「帰りますメール」をしてしまうのです。

が、ここ最近、東京在住のおじさまでおふたり、「あ。この人は心の安らぎをくれるかも」と思われる方と知り合いになれたのでございます!!
特にそのうちの一人は、法律関係の出版のお仕事をされている方で、仕事先は霞ヶ関。「お時間あったらいつでも寄ってください!!」と言ってくれます。

このおじさま、つい先日初めて一緒にお茶をしたのですが(@霞ヶ関の某喫茶店)、いや~、超がつく話し好き。しかも毒舌。8割はワタシが聞いてましたもん。
しかも、ずけずけずけずけ、ヒトのこと聞いてくる聞いてくる・・・そして、聞かれることについて、いやな気が一個もしない・・・

急ぎの仕事があったのですが、ついつい1時間半ほど話し込んでしまい、すっかり、心の中がしゃきっとなって事務所に戻ったのでありました。

しかし、あれなんですかね。
ハヤシのところに寄ってくるおじさまが、たまたま話し好き、話を聞いてもらうことに飢えているみなさん、なんですかね。
それとも、おじさまというのは、「話を聞いてもらいたい」生き物なんでしょうか。

ついでに、毒舌のマシンガントークのおじさんに癒されるハヤシの心のオアシスって一体なんなんでしょう・・・
なにを求め、なにに飢えているのでしょう?
これ、前々から考えているんですけど、謎が一向に解けんのです。

イケメンの若い男子とデートするのと、マシンガントークのおじさんとお茶するのとどっちをとるかといわれたら、自信満々で、後者とりますもん、ハヤシ(もちろん、それなりに人選はさせてもらいますが)。

別に、おじさんの方がお金持ってるからおごってもらえるとか、そんなセコいこと考えているわけではありません、念のため(現に、銀行員と同級生は、会うときは必ず割り勘です。よこしまな関係でないことの証です)。

いや、悩むまでもないのかも。
単に、おじさん好きのマゾ、ってところなのかもしれません。

2015年5月2日土曜日

引っ越ししよか、どうしよか。

ども。ゴールデンウィークまっただ中、お休みいただいちゃってますハヤシです。

昨日夕方に実家に到着。
今日は早速愚妹とショッピングに出かけて・・・あ~・・・やってしまいました・・・買ってしまった・・・ジャケットとワンピース。
先日もデニム買ったばっかりで、そのときも「やっちゃった」感を味わったばかり。
まあ、着る物のお買い物でやっちまうのはいつものことなんですが・・・

さて、実はこちらに戻る前日、東京の大家の不動産屋から賃貸借契約の更新の連絡が届きました。
4年前の12月から住み始めましたが、借り始めたのは11月。更新するかどうか9月20日までに連絡するように、とのことでした。
2年前に更新したとき、一度家賃が上がりました。6000円ほど。今回も3000円ほど上がります。
で、ちょっと、更新するかどうか迷っているわけです。

今住んでいるのは、東京は秋葉原の近く。どちらかというとビジネス街の谷間に、単身者用のマンションがポツンポツンと立つ地域です。
最近は、スカイツリーに端を発するイースト東京ブームに乗ってファミリー向けのマンションも建ちはじめ、粋な飲食店や雑貨店なども出来始めている、古くて新しい街です(元々は繊維問屋街だったらしい)。

ここに決めたのは、何しろ公共交通機関が使いやすかったから。周辺3駅が徒歩10分以内。15分まで広げれば、あと3駅使えます。飛び回って仕事する身からすると、これはとてつもなくうれしい。

さらに、最近気づいたのですが、お散歩しても楽しいエリア。スーパーやコンビニも充実していて、住む場所としてはとっても気に入っているところです。

そうすると、当然契約更新でしょ、となりそうなところなのですが、ハヤシ、実はちょっとお引っ越しを考えています。

理由はいくつかあります。
まず、せまい。
いや、東京一人住まいで1K28平米、特別狭くありません。それに、単身者向け賃貸マンションで築5~6年の物件にしては、収納もばっちり。
しかし、その前の名古屋暮らしでは、当時所属していたところから、1DK50平米の部屋をあてがわれていました
そこで増えた荷物を引っ越しのときに何とか納め(始末した物もありましたが)、その後2度3度と模様替えなどを繰り返したのですが・・・やっぱり、物が多い!!

断捨離とかいうけど、私には限界があります。
こんなね、物欲にまみれた人間にすっきり物のない生活を送れなんて所詮無理な話です。

ふたつめ、住み心地がなんかちょっとイマイチになってきた。
このマンション、住んでいるヒトも概ねちゃんとしている人が多い感じです。
が、最近犬を飼ってるヒトが引っ越してきたのですが、その人がマンション内でキャンキャン犬を吠えさせっぱなしにしていて、苦情が出たりはしています。

しかも、マンションのエントランスは張り紙だらけ。やれ、犬のおしっこがエレベーターないに垂れていたとかゴミの出し方が悪いとか。
挙げ句、目隠しはしているけれど、居住者の写真まで張り出す始末。
ある程度は、快適な住環境の維持のために必要なのかもしれませんが、高い家賃払って、こんな監視されるのもなんだかなあという感じ。

そして、住み心地という点で言うと、マンションのゴクゴク近くに飲食店が結構できはじめて、なんかちょっと静けさが薄らいできたのも若干マイナスポイントだったりします。

そんなわけで、現時点では「今回はお引っ越ししようかなあ」という気分です。
エリア的には、もう少し北側にあがって、本当に秋葉原近辺まで行ってしまってもいいし、西より(つまり神田、神保町方面)にシフトしてもいいかな、とも思っています。

実はワタシの家からまっすぐ20分歩いていくとハヤシの事務所があるのですが、あえて事務所の近くに行こうまでは思っていない・・・食べ物屋さんとか和菓子屋さんとかいっぱいあって歩くと楽しい地域であることは間違いないのですが、普段住みたいかというと、そうでもないんだよなあ・・・

が、やはり一番気になるのはお家賃です。 
広いお部屋に移るとなると、ある程度というか相当なというか、まあそれなりの金額を覚悟しなければなりません。
父親にいっそのこと中古のマンション買っちまったらどうだといわれましたが、永住するつもりはないし、今後何十年もローンに縛られるのはイヤだし・・・不動産にはまだ、縛られたくない(両親のマンションの相続をねらう人でなしの四十路姉妹)。

そんなわけで、お引っ越ししたいな、でも、どうしよかなと、ちょっと思案しているところです。
郊外に行けばなんぼでも住まいはあるんでしょうが、あまり交通機関が遠いところに住むのは仕事の効率が落ちるので、やめたいのであります。

もう少し家賃相場を研究して、おちついて結論だそうと思います。
ジャケットやワンピ買うのと訳が違いますからね。

さて、本日は、このあとSONGS見なくちゃ。
清志郎7回忌。